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エコツーリズム日記
  地上のラピュタ −足尾幻想紀行−
  ―待ち合わせは旧古河鉱業の迎賓館、掛(かけ)水(みず)倶楽部にしていた。
この夏足尾で催される野外劇公演を見に、友人たちが来る。せっかくの機会なので、足尾「楽迎員」協会の友人にアドバイスを頼み、瀟洒な木造のこの建物をスタートとする足尾探訪の日程を組んだ。
日本の近代化を支えた産銅事業で繁栄した足尾は、目下、銅山工場等産業遺産施設を再評価し、環境の町づくり計画を進めている。野外劇は、多くの人が足尾に関心を向けるきっかけの一つとして企画されたイベントだ。三人の多忙な友人が渡良瀬渓谷鉄道を足尾駅で降り、掛水倶楽部に着いたのはほぼ正午だった。
「昼食は列車内で、渓谷を眺めながら弁当で済ませてきました。」市民による足尾の緑化活動に関わるなど環境分野でも行動派の地元出身の作家が、厳かな佇まいを残す食堂へ皆を促しコーヒーを注文した。
「僕は、去年初めて日光を訪ねました。足尾にもそのとき来たので今回で二度目だけど、ここは故郷ウェールズの炭鉱に似ています。」
カナダの国立公園などのレンジャーとして活躍し、今、日本に住む自然学校校長の切り出しに、今を時めく人気アニメ映画監督が続けた。
「映画の一場面に鉱山街を描きました。その取材でウェールズを訪ねたこともあります。スイフトのガリバー旅行記にラピュタという空飛ぶ島がでてきます。科学者が住み、その科学技術で地上を支配したといいますが、どこか足尾のイメージにも重なるように思えるのです。
今回、野外劇の協賛として、映画フィルムの中から大版で焼いた絵を飾り、足尾にミニ美術館を開いています。この春廃校になった本山小学校の木造の美しい講堂が会場です。」掛水倶楽部隣の旧鉱山会社幹部社宅も鉱石博物館として開放されている。再び足尾駅から渓谷鉄道に乗り、終点間藤駅へ。百十余年前、日本最初の本格的な水力発電所がここに建設されている。当時、我が国の科学技術の粋がこの地に結集されたという。レンガの基礎だけとなって渓谷の水に洗われる発電所跡を見下ろしながら、先ほどの映画監督の言葉を反芻した。

「中央の谷奥に、豊かだった松木村がありました。村は煙害や山火事で無くなり、百年以上にわたる緑化事業でも緑が戻らない谷の右岸側は、今、国有林が要監視地域にしています。」町営バスの終点をおりた足尾ダムで、楽迎員が指し示す、遠い峨々とした山稜に目を凝らす。
廃鉱石を使った防火レンガ塀、亜硫酸ガスの腐食防止で紙とコールタールを使って葺いた民家の屋根など、様々な工夫を偲ばせる町並を歩きながら、小坂をあがり龍蔵寺に着いた。振り返れば、境内にそびえる無縁仏の塔の背後の視界一杯に、精錬工場の巨体が立ち上がっていた。
ふと、行動派の先生が私たちに声をかける。「この十円玉ですが、」掌を広げながら続ける。「この銅貨など日本で使っている銅は、今どこから採っているかご存じですか。
ほぼ百パーセント海外からの輸入で、約四割が南米のチリ産です。二割がインドネシア、そのほかカナダ、オーストラリアなどがあります。足尾は、発見されてから昭和四十八年の閉山までの四百年間に、約八十万トンの銅を産出したといいます。今、日本では、たった一年でそれを軽く上回る百万トン以上の銅を消費しています。
海外の銅山でのエピソードを一つだけ紹介しましょう。世界最大の銅産出国チリには、使われなくなった銅山が四千以上もあるといいます。その鉱害防止のため、日本の経験を生かした国際協力事業がチリで展開中です。日本のこの分野の環境技術は、足尾をはじめとする銅山経営の過程で生み出されたものにほかなりません。足尾銅山の発展とともに、足尾の景観は変わりました。が、その中で生み出された鉱害防止のための技術は、今、海外での国際協力の舞台で役立っている。「足尾」は終わっていません。今にいきている、といえるのです。」

午後4時、いよいよ野外劇が始まった。大きな天幕が、精錬工場の建造物と調和した不思議な空間を作り出していた。
夕闇があたりを覆い、巨大な工場の向こうで演出のための大きな炎があがった。かつての科学技術の王国がシルエットとなって現れたかのように見えた。
夜は日光湯元の温泉に浸り、翌朝、瑞々しい奥日光の森を散策。朝霧に包まれた湿原や渓流を包む森厳の中で呼吸を整え、午後、日光市山内東照宮、大猷院廟等をまわった。絢爛の陽明門などの屋根が、四百年前、足尾で生産された銅で葺かれたとの解説に、昨日の銅山の光景が鮮明に甦ってきた。―

昨年初冬、私は、足尾町が招集したまちづくりプロジェクトグループに参加させていただいた。4ヶ月の検討の最初の会合で、メンバーの足尾商工会や役場の方から、今、足尾を始め日本では銅をとってないということを教えていただいた。それから、銅について俄勉強を始めた。
足尾町長、助役をはじめ、古河機械金属株式会社、元在チリ日本国大使館職員などを訪ねる中で伺った話や、提供を受けた資料から、冒頭の物語が浮かんできた。この足尾幻想紀行は実在する類似の人物と無関係のフィクションである。野外劇の上演がなくとも、足尾の景観は胸に迫る。ましてその景色の背後にある、今に至る歴史の展開をなぞれば、目眩を覚えるような今日的課題にもつきあたる。それゆえ、美しい日光の森と組み合わせ、そのコントラストを強調させた足尾訪問は、日本で最も重要な地球環境ツアープログラムの一つになりうると確信するのである。
駅(左)と事務所(右)
 
工場と備前楯(背後)
 
硫酸工場(上)
 
文・写真:小沢 晴司(環境省北関東地区自然保護事務所)
月刊「fooga」 http://www.compass-point.jp 2005年9月号掲載記事
*写真の転載可能
  戸隠高原バードウォッチングツアー
  金田 泰江( ピッキオ/ワイルドライフリサーチセンター)
  ピッキオでは毎年、全国でも有数の野鳥の宝庫として知られる戸隠高原でバードウォッチングツアーを行っています。特に春は、芽吹いたばかりの森に夜明け前から野鳥の大コーラスが響き渡り、明るくなると共にキビタキやアカハラ、コルリなどの姿も声も美しい野鳥との出会いが楽しめます。また、雪解け水に潤った池や湿地の周りにはミズバショウやリュウキンカ、カタクリも咲き、春の可憐な花々に彩られることも、このツアーの大きな魅力です。

このすばらしい戸隠でバードウォッチングを堪能するために、ツアーは大型連休や土日をさけ、なるべく人の少ない平日の2泊3日で開催しています。そのため、「平日は仕事がねぇ・・」とのお声も当然ありますが、一方「同僚には白い目で見られながらも休みを取って参加してます。」と毎年足を運んでくださる方がたもいらっしゃいます(ありがたいことです)。やはり野鳥の宝庫と言わしめるだけの豊かな自然があるからこそでしょう。

そんな戸隠で最近心配なのが、4年ほど前からオオジシギという野鳥がいつもの場所で見られなくなったことです。夕方からミズバショウの咲く湿地に「ズビッ・ズビッ」と声がしはじめ、暗くなった夜空でフライトディスプレイをするときは、「ズビッ・ズビッ・ズピーヤク・ズビーヤク」と鳴きながら上昇し、「ゴゴゴゴーッ」という轟音(尾羽が風をきる音)とともに急降下。それがなかなか壮観で、毎年ツアーのお客様も、オオジシギのディスプレイを楽しみにしてこられるのですが、ここ4年は1度も確認できませんでした。

オオジシギは遙かオーストラリアからの渡り鳥。湿地や草原、牧草地で繁殖しますが、日本から草原という環境が減ってきているために数が減り、環境省の準絶滅危惧種に指定されている鳥です。戸隠でオオジシギの見られなくなった原因は、よくわかりません。もしかしたら、見られなくなったのはいつも行っている場所だけで、戸隠の他の場所では健在なのかもしれません。しかし、もともと数の少ないオオジシギが、ある場所から姿を消したことに変わりはありません。安心して繁殖できる場所ではなくなってしまった可能性があります。

戸隠で野鳥が見られなくなることは、バードウォッチングツアーの魅力を失ってしまうことです。オオジシギについてはなんとか原因を調べたいところですし、もし原因が人間側にあるのだったら、何か対策を考え、実行すべきです。自然の魅力は享受するだけでなく、魅力を維持する仕組みも欠かしてはならないものですね。
(2005.7掲載 )
(*)
  文・写真:金田 泰江( ピッキオ/ワイルドライフリサーチセンター)
*写真の転載は禁止です
   
  イルカとエコツーリズム
  一木 重夫(小笠原ホエールウォッチング協会 研究員(エコツーリズム))
  小笠原にはミナミハンドウイルカという2mくらいのイルカが生息していて、小笠原周辺海域に住み着いています。私達はそのイルカを1頭1頭個体識別してイルカの生態研究をし、観光業者や観光客にイルカの情報を発信しています。今年の7月30日から9月16日の間に、お腹が大きかった雌イルカのフォースターが子供を産みました(右写真)。フォースターは10年も前から小笠原で知られている有名なイルカ。ドルフィンウォッチングやスイミングを営むみんなが愛着を持ってます。また、もう一頭の雌イルカ、個体識別番号30番もつい先日の10月初旬に子供を産みました(左写真)。研究をはじめてからより一層、小笠原で暮らすイルカの生活が見えてきました。

最近、「イルカの観光利用が過度すぎるのでは?」という観光客からのクレームが多くなってきました。そのため、現在当協会と観光協会が協議をして自主ルールづくりに着手しています。イルカのことを知れば知るほど守ってやりたいと思う気持ち。イルカを利用しなければ人が生活していけない現実。この両者の中間点を見出すのが私達のエコツーリズムです。非常に難しい問題です・・・(ぼやき)
(2004.10掲載)
フォースターの親子(*)

個体識別番号#30番の親子 (*)
文:一木 重夫(小笠原ホエールウォッチング協会 研究員(エコツーリズム))
写真:(左)父島タクシー・増富真美、 写真:(右)小笠原ホエールウォッチング協会イルカ調査隊
*写真の転載は禁止・文章はOKです。
イルカ調査隊の規定で写真は非営利の普及活動でのみ、使えることを決めてあるため。

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